夏の道東旅行2021 日本で2番目に長い路線バスで行く野付半島トドワラ

今日は7月23日。この旅2日目の朝です。

2日目の朝も曇り空
6時半に起床。
2日目の朝も、昨日と変わらずどんより曇り空。
釧路らしいと言えば釧路らしいです。

朝食会場の10階へ向かう
朝食を食べに10階へ向かいます。
釧路ロイヤルインは朝食無料なので
手ぶらで食べに行くことができます。

サラダコーナーにはタコがあった
無料朝食を侮るなかれ。
サラダコーナーには釧路のタコや昆布が。

ザンギ系もかなり充実
揚げ物もザンギ、ザンタレ、阿寒鶏ひれかつ
ホッケフライ、道産じゃがいものフライドポテトなど、9種類もありました。

焼魚は4種類

焼魚は時鮭、宗八カレイ、サクラマス、真ホッケの4種類。
どれも北海道らしい魚ばかりで嬉しくなります。



すぐ後ろのオーブンで焼く
出来立てのパンも充実しており、
パン派にも嬉しいラインナップ。

これだけの内容が無料って本当にすごい!
宿泊代8,000円は少し高めな印象でしたが
朝食だけでかなりの価値があると感じました。
窓際席からの眺め
窓際の席が空いていたので、
外を眺めながらゆっくりと食事を頂くことができました。

朝から北海道らしい食事が楽しめた
十勝名物の豚丼や手作り豆腐なども頂きました。

これから長距離の路線バスに乗るので、
あまり極端に食べることは控えましたが
どれもほんと美味しくて、つい食べ過ぎちゃう高レベルな朝食でした。

釧路駅前バスターミナル
7時45分頃にホテルをチェックアウト。
駅前のバスターミナルへやってきました。

今日はここから野付半島を目指します。



野付半島の場所は根室市の北の方。
長い年月をかけ、砂が堆積して誕生した
長さ26kmにもわたる日本最長の砂嘴(さし)です。

似たような地形としては天橋立が有名ですが
それが26km続くようなイメージでしょうか。
※天橋立は砂洲(両端が陸地に繋がっている地形)なので厳密には違います

地図だと所々切れているように見えるのは
一番細い場所が幅50mほどしかないため。

知床半島と根室半島の中間にあり、
国後島までわずか18kmに迫るという、
日本の果てに最も近い場所の一つです。

すでに路線バスの値段じゃないです(笑)
まずは野付半島ゆきのバスが発着している
標津営業所までの乗車券(3,200円)を購入しました。

 

路線バスの値段にしてはかなり高額です。


窓口でもらったパンフレット

窓口で野付半島&トドワラ号の
時刻表とパンフレットをいただきました。

 

釧路から野付半島までの往復乗継時刻表

阿寒バスでは
①釧路⇔標津間の往復路線バス
②標津→野付半島までのトドワラ号(路線バス)
③野付半島→尾岱沼までの遊覧船
④尾岱沼→標津までの路線バス
の4つを乗り継げるようダイヤが組まれていて、
日帰りで野付半島観光ができるようになっています。

 

注意点は↑の表の3つ目にある「徒歩」行程。
トドワラバス停から遊覧船乗り場まで2.5kmあり
土日祝日は50分(平日は90分)での移動が必須。

この乗継が間に合わないと、他の手段がないので、
体力に全く自信がない人は止めた方がよさそうです。

公式サイトに分かりやすい地図がないので
自分で周遊コースを描いてみました。

バスと遊覧船をセットにした割引乗車券が
・①②③④すべて(釧路~トドワラ~釧路)
・②~④のみ(標津~トドワラ~標津)
・②~③のみ(標津~トドワラ~尾岱沼)
の3種類発売されているので
各自の行程によって選ぶと良いと思います。

なお、釧路で購入できるのは釧路発着のみ。
今日は釧路には戻らず中標津泊なので、
②~④のみの割引チケットを
標津営業所到着後に買うことにしました。

日本で2番目に長い路線バスだ

8時を少し回った頃、15番乗り場に
羅臼営業所ゆきが入ってきました。
高速バスのような見た目ですが、れっきとした路線バスです。

 

このバス、実は路線バスとしては
日本で2番目に長い距離を走ります。

日本で一番長い距離を走る路線バスは奈良交通の八木新宮線。
大和八木駅(奈良県)とJR新宮駅(和歌山県)を結び、実に167kmもの距離があります。

 

釧路(市立病院前)と羅臼営業所を結ぶバスは
それに次ぐ約165kmの営業距離を誇ります。

今回は全線乗車ではありませんが、
釧路から標津までの約110km、
全体の2/3ほどの距離を乗車します。

路線バスといえど、車両は高速バス仕様。
車内最後部にはトイレもあることが分かり
ホッと胸をなでおろしました。
※正直、トイレ休憩なしで2時間40分は恐怖だったので(笑)


ようやく少しずつ青空が出てきた

釧路駅前で15人ほどの乗客を乗せて出発。
ガラガラ過ぎず、程よい乗車率といった感じです。

 

一番前の座席はコロナ対策で座れなかったので、中間あたりの席に座りました。

道東自動車道の終点 釧路別保ICから合流

 

釧路市→標茶町→厚岸町→別海町と
カントリーサインが変わっていきます。

鉄道では、釧網本線と花咲線という
全く違う場所を走る標茶町と厚岸町が
実はお互い接しているというのが
ものすごい意外でした。
それだけ町の面積が広大ということですね。
※標茶町も厚岸町も琵琶湖より大きいです

車窓は次第に北海道らしい風景に。
エゾシカがあちこち走り回っていました。

 

牛さんがのんびり草を食む姿も
標津までの間で飽き飽きするほど見られます。

うねる丘とどこまでも続く牧場。

この辺りはしばらく自由乗降区間となり
好きな場所で乗り降りできるのですが、
誰一人として乗り降りする人はいません。

釧路駅前から90分。共春バス停に到着。

特に乗り降りはありませんでしたが、
ひたすら牧場すぎてウトウトしていたので
久しぶりにしっかりとバス停に停車して
ようやく目が覚めました。

この共春バス停は国道272号と243号が交差し
釧路・中標津・弟子屈・別海へ
相互アクセスするための交通の要所となっています。
※別海、弟子屈方面へのバス路線はありません

 

釧路を出発して2時間。
バスは中標津(なかしべつ)町の
市街地へと入ってきました。

人口約2万4千人、中標津空港を擁し、
根室地方ではすでに根室市を差し置いて
地方随一の市街地を形成しています。

中標津バスターミナルでは
10人ほどが下車した一方で、
5人ほどが乗り込んできました。

しばらく中標津の街を走ります。
近距離での利用者も多く、
こまめな乗車・下車が続きました。

ドン・キホーテに吸収合併されて以降、
すっかり珍しくなった長崎屋がありました。

いよいよ標津(しべつ)町に入りました。
日本で最も美しい村」連合
カントリーサインがお出迎えです。

 

 

バスの運賃表もかなり料金が積みあがってきました。

釧路からバスに揺られること2時間40分、
ようやく標津営業所に到着しました。

 

乗客を降ろすと、バスはすぐさま
終点の羅臼へ向けて出発していきました。

標津営業所での乗り継ぎは0分ですが
トドワラへ向かう乗客のために
乗車券を購入する時間が設けられています。

乗車券を持っていない人は
営業所内で購入するよう促されたので、
自分も含めた3人は乗車券をここで購入しました。

 

標津営業所に到着した時点で、
すでにトドワラゆきのバスは発車待ち状態。

行き先は「白鳥台」となっていました。

乗車券を持っている人たちは
すでに乗車して発車を待っていたので、
3名が乗り込むとバスはすぐに発車しました。
※この時点ですでに7分ほど遅延してました

 

バスは7人の乗客を乗せて出発。

運転席のすぐ後ろに座りました。
運転手さんの陰からですが、少しだけ前方展望を楽しめます。

いよいよ野付半島へと入ります。

乗客は7名全員がひとり旅。
不思議な静寂を乗せ、ひたすら一本道を進んでいきます。

右側に広がるのは野付湾です。

そして左側に広がるのは太平洋。
両側に海を眺めながら、
そこに延々と道が続いているというのは
本当に不思議な感覚です。

ここで標津町から別海町へと移ります。
トドワラは別海町にあったんですね。

最初に現れたのはトドワラではなくナナワラ。

トドワラはトドマツが枯れたものですが
ナナワラはミズナラが枯れたもの。

ナナワラの風景は、バスの車窓からしか
見ることができませんでしたが
立ち枯れた木々が湿地帯に広がり、
この世の果てを感じさせる異様な風景でした。

トドワラ、ナナワラともに、
年月の経過とともに風化が進み、
以前のような立ち枯れた木が並ぶ風景は
年々見られる場所が少なくなっているそうです。

上高地の大正池の様と同じような感じですね。

この辺りもナナワラがあったのでしょうか。

 

間もなくトドワラに到着します。

 

トドワラのバス停に到着。
ここで全員バスを降りました。

このバスは来た道を戻り、
尾岱沼の先、白鳥台というところまで行きます。

我々はここから尾岱沼まで船で移動し、
白鳥台からやってくる標津ゆきのバスで
標津へ戻るということになります。

ここから国後島まではわずか16km。

これだけ近いと見える日の方が多そうですが
今日は晴れているのに視界が悪く、
どんだけよ~く目を凝らしてみても
国後島を見ることはできませんでした。

一度は来てみたかった憧れの野付半島へやってきました。
この日本の果て感がたまらないです。

「トドワラ」バス停の目の前には
野付半島ネイチャーセンターがあり、
野付半島の情報を入手したり、
食事や買い物なども楽しむことができます。

ただ、今回の周遊バスプランでは
次の経由地である遊覧船乗り場まで
2.5kmの距離を50分で歩き切る必要があり
その間にトドワラ見物も含まれるので
ひとまず先を急ぐことにしました。

ネイチャーセンターからトドワラまでは
「はまなす号」という観光トラクターが
30分に1本運行されています。(500円)

 

これに乗ると、トドワラの入口まで
1.5kmを10分ほどで行くことができ、
だいぶ時間短縮になるようです。

が…満席なので、全区間歩くことが確定。

トラクターの走る道とほぼ並行して
「トド原探勝線歩道」という遊歩道があります。

この辺りは野付半島原生花園。
こんな感じの道を1.5kmほど歩いていきます。

野付半島の地形はとても複雑ですが
植生もかなり変化に富んでいます。

本州では高山にあるような植物が
こうして海抜0m地帯に自生しているのも
この地が非常に寒冷で厳しい環境にあることを物語っています。

どんどん先へ進みます。

トドワラまであと1km。
道が狭いのですれ違いや追い越しは譲り合って。

エゾフウロ

エゾツルキンバイ

原生花園にはこの他にも様々な花が咲いています。

トラクターが戻ってきました。

野付半島原生花園を歩き切り、
トドワラの入口に到着です。

花を見ながら歩いてきたので、
1.5kmを25分ほど掛かりました。

ここからトドワラの木道へ。

木道はかなりきれいに整備されていましたが
スタート地点あたりは何もありません。

5分ほど歩き、木道の先端へ。
ようやくトドワラの姿がありました。

僅かに残ったトドワラ。
この風景が見られるのも、残りわずかと言われています。

晴れていても吹き抜ける風は冷たく、
本当に北海道でも果ての果て、
遠くまで来たんだなぁと感じる風景です。

トドワラのスケールは、以前よりも
かなり小さくなっているんだと思いますが
人生初のトドワラだったので、
少しでも残っているうちに
この目で見ることができて良かったです。

木道を歩いて、遊覧船乗り場へ向かいます。
この辺りは手すりもあって
少し木道の幅も広くなっているようです。

それにしてもトドワラが全くない…。

木道は途中で終わり、
石で両側を支えられた道を進んでいきます。

道が草で覆われて歩きにくくなったので
砂浜に下りて歩いてみました。
遊覧船が先端に見えてきました。

貝がびっしりと足元に生息していて
歩くたびに水がぴょんぴょん飛び出します。

遊覧船乗り場へ無事に到着。
なんとか出航5分前に着くことができました。

何人がこの船に乗るのかは
事前にバス会社から連絡が行っているようで
船に近付いていくとすぐに係の人が
声をかけてくれました。

到着順位は7人中3番目。
最後の2名はダッシュで乗り込み、
何とか間に合いました(笑)

特に連絡先などを共有してないので
間に合わなかった場合はどうするのかは気になるところです。

船は尾岱沼(おだいとう)へ向けて出航。

遊覧船というよりはモーターボード感覚。
フルスピードで野付湾を進んでいきます。
風が冷たくてめっちゃ気持ちいい~。

野付湾は水深がとても浅いので
船が乗り上げないよう、旗があちこちに浮いています。

船はその間を縫うように航行します。

突然、モーター音が止まりました。

「前方にアザラシいます~」とのことで、
視線をそちらに向けると、、、

野生のゴマちゃんに会えました。

この後もアザラシが現れるたびに
船はエンジンを緩め、
乗客を楽しませてくれます。

30分ほどの航行を終え、尾岱沼港へ入ってきました。
接岸する直前に一気に空気が変わり、驚くほど暑くなりました。

野付半島は年々少しずつ浸食が進み、
温暖化による海水面上昇の影響もあって
あと50年ほどで消滅してしまうとも言われているのだそう。

次回ここを訪れるのはいつになるか分からないけど、
その時はどんな景色になってるのかな。

尾岱沼港に入港です。

港では尾岱沼名物の北海しまえびが販売されていました。

ちょっと一口食べてみたかったけど
1パックがデカすぎて断念。。。

尾岱沼のバス停から標津に戻ってきました。

標津では釧路方面に戻るバスまで
25分ほど余裕があったので
バスターミナルから3分ほどの場所にある
旧標津線の跡地へ行ってみました。

標津線は、標茶から標津までと、
中標津から厚床までを結んでいた路線。

そんな場所に鉄道が走っていたなんて
今となっては信じられない感じがしますが
廃止されたのは1989年(平成元年)のことです。

自分が小学校に入った頃は
まだ現役で釧網本線の標茶駅から
ここまで鉄道で来れてたんだなぁ。

 

当時走っていたSLの車体と、
向きを変えるための転車台が展示されていました。

今日は中標津へ宿泊するので、
釧路行きのバスで中標津まで乗車しました。

標津線の路線図(1987年3月の時刻表より)

標津線が走っていた頃の路線図も合わせて貼っておきます。

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